小話2“犬を飼う女。”

 一人の女性がベンチに腰を掛けている。
 その女性は2匹の犬を連れていた。


 或る日の朝の話




「お隣、宜しいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「失礼します。・・・朝早いんですね。」
「貴方こそ。」
「僕は朝が好きなんで。」
「今時珍しいわね。」
「貴方はそうじゃないんですか?」
「そうね、此れから仕事なの。だから、こんな朝でもないと此の子たちの散歩が出来ないから。ほら、室内犬と言ってもやっぱり外に出ないと可哀想でしょ?」
「犬が好きなんですか?」
「いいえ。何故かしら?」
「普通、犬好きでもない限り2匹も飼わないでしょう。」
「そう?」
「そうですよ。」
「そうなのかしら。余考えたことが無かったわ。」
「では何で2匹も?」
「んー、話せば長くなるけれど。此の子ね、主人の犬なの。」
「へえ、そうなんですか。」
「うん。というかね。私が此の子を飼い始めたのも、彼が切っ掛けなの。」
「そのご主人の影響で?」
「いいえ、少し違うかしら。彼と話す切っ掛けに、っていう不純な理由よ。」
「ああ、そういうことですか。そのご主人はご一緒じゃないんですか?」
「ええ、3ヶ月前に他界して。御陰で結婚半年で未亡人よ。」
「これは・・・失礼しました。」
「良いのよ、気にしないで。もう3ヶ月も経てばすっきりするものよ。それに、今は此の子たちがいてくれるもの。」
「それは心強いですね。やはり愛着とか湧くものですか?」
「そうね、最初は餌の一つでさえ面倒くさかった時期があったけれど、今は全然。むしろ楽しんでやっているわ。」
「それは、好きってことなんじゃないですか?」
「それとは違うのよ。何と言うのかしら。仲間意識とか、そんな感じよ。」
「仲間意識、ですか?」
「おかしいでしょ?笑っても良いのよ。でもね、やっぱり一番当てはまるのは仲間意識だと思うの。」
「それは何故ですか?」
「そうね、同じ人を愛した仲間って所かしら。」
「はは、そういうことですか。」
「ええ、素敵でしょ?」
「そうですね、・・・ではそろそろ。」
「あら、もうこんな時間?時計が壊れたかと思ったわ。」
「ええ、本当に。色々とお話を有り難う御座いました。」
「いいえ、こちらこそ。聞いてもらえて良かったわ。」
「では、失礼します。」
「ええ、さようなら。」



 昨夜未明、S県山奥で男の腐乱死体が発見された。身分証明書などの携帯はしておらず、捜査は難航している模様。外傷が激しく、専門家によるとイヌ科の動物の歯形が検出されたとの発表があった。.........
       ××新聞昭和67年6月34日より抜粋