旅先から携帯より更新。
メモ

彼岸
乾いた風が曖昧な空を凪ぐ。
今にも泣き出しそうなのに、湿り気の帯無い風に微かなもどかしさを覚え、意味もなく石を蹴飛ばした。
例年のように同じ店で同じ花を買い、笑うことも嘆くこともせず、淡々と坂を上る。
襟を立てたコートの隙間へ、時折冷水のような風がすべりこむ。家を後にした頃はその都度眉をしかめたが今は然程も気にならない。
道端の硝子戸に映り込む顔は僅かに朱が差していて何処と無く幼く見えた。指先に触れる頬は冷たさよりも感覚が拡散するように感じた。
何気無く手の花束を持ち上げ、自分の

平凡な顔立ちと比べるように溜め息を吐いた。
もう少し整っていれば様に成ったものを。
その足で仕事へ行くつもりだったのでアイロンをかけたばかりの背広を着込んでいたが、どう格好つけたところで朝帰りのサラリーマンにしか見えなかった。見上げると朝靄を背景に信号が青に変わっていた。
まだ、人もまばらな早朝。無視しても良かったのだが習慣からか無意識に足を留めてしまったらしい。
意識的に足を踏み出すと又、ひっそりとそびえる緩やかな坂をせいひつな空気に冷えた体の輪郭が曖昧に溶ける感覚を感じながら上へ上り続けた。

 遠鳴るエンジンの音も消えた頃、坂の途中に石造りの鳥居が見えた。見上げればくたびれたしめ縄が垂れている。
記憶をひとつひとつなぞるように奥へ続く木造の丹塗り(朱)の鳥居をひとつひとつくぐりぬける。
意識が幼い自分に重なり、遠くへと駆けて行く。
ずっと先へ。先へ。
最後の鳥居を抜けると、石畳を少し越えた先に古い趣きと貫禄を有した本堂が静かに佇んでいる。脇の水場で桶を満たすと大きな本堂の裏へ回った。
花を持ち直すと、巻き付けた新聞紙が幾等か湿っている。
 裏庭には、ぽつぽつと墓石が微細に異なる色合いとせきりょ

うを持って並び、目的の墓石へ向かう中途その墓前のこうべを垂れた花の骸が生けられているのを見るともなく眺めると、空虚しく桶の水を揺らした。

墓石へ水を遣るにも何か作法があったと思うが下手に格式張ってもみっともないだけだと敢えて無視して鈍く光るグレーを溶かすように頭から水を被せた。
杓を空になった桶へいれるとからんと心地良い音がした。
花の生けられた墓前は華やかでいながら仮面のように何処か空虚で、本当に霊が舞い降りるのか甚だ疑問だった。

3年前に添えた煙草も今はもう無く、変わりに線香へ火をつけた。

唇に触れるフィルター感触から離れて久しいものの、今だ手放せないでいる。
人に貰った物と言うこともあるが、それ以上に思いれが強いのかもしれない。